フィリピン人講師の受け入れで日本の英語教育は変わるかも?

2014.04.16-- 最終更新日:2018/11/17

日本の英語教育問題が一向に進まない要因はやはり英語教師の不足にあるような気がします。

一部ではあまり早い段階から英語なんてやってしまうと、国語となる日本語がおろそかになるなんて意見もあるようですが、やはり問題の根底は教師の質や量の確保、指導法の確立といったハード、ソフトの両面にあるようです。

小学校で英語を正式教科に?――賛否と課題は

確かに英語教師の確保は難しいでしょう。

今の英語教師に会話力や発音なども含めた教育スキルを要求するにはあまりにも酷な話だし、決して現実的ではありません。

育成、養成といっても、やはりそんな短期間で、そこまで大量の英語教師は確保できないでしょう。

いっそのことネイティブ講師にしてしまえ!みたいな意見も、アメリカや英国、カナダなどのネイティブ講師をそれほど大量に確保できるものでもないでしょうし、先進国から人材を引っ張ってくるにはそれ相当のコストがかかるでしょう。

ならいっそのことフィリピン人講師を採用しては?というのが私の率直な意見。

フィリピン人講師はネイティブじゃないし、発音にも問題がある!なんて問題はここでは省くとして、パフォーマンス、コストを考えたらもっとも最適な解決策だと思うのですが・・・

(フィリピン人の英語発音については、そもそも教師レベルのフィリピン人の発音に問題がある訳ではないし、そもそもネイティブ発音なんてものがただの理想化された英語論でしかないと思うので。)

確かに国内では、そんな大量の外国人を受け入れることには依然慎重な意見が多いのも事実ですし、採用からビザの発給、講師の生活インフラ構築、生活支援など、直面する問題は山積みではあると思います。

一方で日本人の英語教師を新しい英語教育に適応させるためにも、膨大な時間、コストがかかるのも事実です。

紹介している記事には以下のような記述があります。

国語や算数と同様、学習指導要領に基づく体系的な検定教科書や成績評価、指導法の確立、授業時間の確保、英語を教える教員免許、教員養成や研修制度なとの整備が必要となります。約40万人を数える現役教員の研修も欠かせません。~小学校で英語を正式教科に?――賛否と課題は

これを読むだけでも膨大な時間、コストがかかることは容易に想像できますが、それでも日本人教師をフィリピン人講師並に育成するのはムリでしょう。

そもそも彼ら自身が受けてきた英語教育のレベル自体が違いすぎるのですから・・・

それでもそんな大量のフィリピン人講師を受け入れるなんて現実的ではないと思うかもしれませんが、実は日本には実績があります。

そうです・・・フィリピンパブで受け入れてきたエンターティナーです。

フィリピンパブ最盛期の2004年には年間8万人ものフィリピン人が日本にやってきました。

エンターティナーといっても、実際はなんちゃってシンガーとかダンサーでしたが(笑)それでも、フィリピン国内でトレーニングをし、オーディションを通過し、フィリピン政府から芸能人である資格を取得したフィリピン人が年間8万人日本に来ていたわけです。

こう考えたら、エンターティナーができてなんで英語講師ができないの?と思いません?

あれだけ全盛を極めたフィリピンパブが一気に消滅してしまったのは、アメリカから「人身売買だ」という圧力に日本政府が屈してしまったことが原因。

あれはあれで、確かに問題はたくさんあったから、まあ仕方ないかなとは思いますが、英語講師の受け入れでそんなちゃちゃは入りませんよね(笑)

確かに外国人を大量に受け入れるということは、国内世論や法整備、体制の構築なども含め、一長一短ではないのかもしれません。

英語教育よりまったなしの状態の介護業界で、フィリピン人介護士の受け入れさえ失敗したぐらいだから、英語講師の受け入れなんてもってのほかかもしれませんが・・・

それでも日本がグローバル化というのに本気なのだとしたら、もうそろそろもっと合理的、効率的な英語教育法を構築してもいいのでは?ないでしょうか。

ちなみに日本が介護士を受け入れると発表した時期には、フィリピンの看護師や介護士は日本に行って働ける!という期待感がかなりありました。

あらたに介護スクールなどに通って資格を取るフィリピン人もたくさんいたんですよ。

でもそれがうまくいかないとわかった現在、日本を目指すフィリピン人はめっきり減りました。
みんな日本をあきらめて、他の国を目指しています。

うかうかしてると英語講師も他の国に持っていかれてしまいます。

そして他国のグローバル化が進み、ますます日本の国際競争力が低下してしまうかもしれません。

仮にフィリピン人講師の採用なんてことが、日本のなんとか審議会とかに議題としてあがるとしても、どうせ英語教育の大家とか大先生連中に、「フィリピン人の英語なんてダメだ!」と一蹴されておわるんでしょうね。

今日本の英語教育で必要なのは「英語はこうあるべき」みたいな高尚な理想論ではなくて、普通の人もが、少なくとも英語が使えるようになる、より効率的で現実的な方法論だと思うんですけど・・・

もしダメだと言うなら、反対論を展開するばかりじゃなく、もっとしっかりとした方法論を確立してくれって感じです。