海外移住を成功に導くマインドセットを手に入れよう!

2020.01.30-- 最終更新日:2020/02/03

東南アジア就職や教育移住などのブームにより、フィリピンに限らず東南アジア諸国に移り住む人も増えましたが・・・

失敗して断念、帰国。

というケースも決して少なくないようです。

他国の文化、習慣に馴染めなかったり、やはり日本の生活の方がいいということもあるかもしれませんね。

海外移住は一種の手段であり、移住自体が目的ではありません。

どこに住もうと結果的にハッピーに暮らせればいいとは思うのですが、そもそも海外移住を選択する、実行するにはなんらかしらの理由、目的があったはず。

その目的が果たせずに帰国するとしたらとても残念ですよね。

海外での生活は、住環境や食生活など、日本との環境の違いなどにも適応していかなければなりませんが、合わせて自身の考え方、心構えなども変えていくことが大切です。

この記事では、海外での生活に不可欠なマインドセットについて考察していきたいと思います。

海外移住を成功に導くマインドセットとは?


マインドセットとは、それまでの人生経験、環境、教育などから作られる先入観や固定観念、認識、価値観、信念、心構えなど、固定化された考え方を指します。

簡単に言ってしまえば「思い込み」です。

人が何かを思考する際には、この「思い込み」がベースになります。

例えば、成功体験が多い人は何か新しいことにチャレンジする際、「できる!」という信念を無意識に持ち、逆に失敗経験ばかり積み重ねてきた人は「そんなことできるはずない!」というところからスタートしてしまう・・・

そんな思考、判断を大きく左右するのがマインドセットです。

異なる価値観、違いを受け入れる


まず「できる/できない」的な潜在意識のコントロールのような話はここでするつもりはありません。

人それぞれ育ってきた環境、経験も異なりますのでそれぞれ考え方は異なりますが、日本の場合は画一的な教育、社会通念などにより、思考、行動が同化してしまう傾向があると思います。

自分と異なる価値観を認める、受け入れるというのは、私たち日本人は得意ではありません。

そういう教育を受けてないからです。

その根底には、年齢や属性による「こうすべき、こうあるべき」のような「すべき論」や「らしさ」といった日本独自の固定観念も存在します。

例えば、「子供はこうあるべき/こうすべき」とか「子供らしさ」といった、女性/男性/大人/子供/社会人/主婦等々、年齢、属性で勝手な理想像が作り上げられてしまう、型にはめられてしまうことです。

このような固定観念、教育は、異質なものを受け入れるのではなく、矯正して平均化させる、矯正できなければ排除するというの方向に働いてしまい、あらゆるグループ、組織で徹底されるルールでもあります。

出る杭は打たれる

まさにこの言葉に象徴されますが、同じ日本人同士でも違う意見を持っただけで、見た目がちょっと違うだけで、矯正、排除される・・・みたいなことが普通におきますよね。

また、

赤信号みんなで渡れば怖くない!

まさに日本の同調圧力思考停止を象徴する言葉ですが、日本の生活では、学校や会社、友人関係等、あらゆる場面でこの横並びの思考形式で物事が判断されたりもします。

みんなで渡ろうが怖いものは怖いし、危ないものは危ないんです。

その客観的に事実、真実から目を背けてはいけないんです。

まずはそこからの脱却が大切です。

海外ではリスク、下手をすれば命に関わるからです。

集団倫理の協調性と同調圧力からの脱却


日本では、集団倫理、目的、利益が常に最優先され、個の利益が封殺されてしまうケースが多々発生しますよね。

学校や会社でよく出て来る「協調性」という言葉。

友達同士でも、
A「今夜飲みに行こうぜ!」
B「お、いいねぇ」
C「今日はちょっと・・・」

A/B「お前協調性ねぇなぁ!」

C「わかった、じゃあ行くよ」

こんなやり取りって日常茶飯事ではないですか?

ほんとはやりたくないのにみんながやるから仕方なくやる。
従わないと「あいつは付き合いが悪い」だの陰口を叩かれ、最悪ハブにされてしまいます。

自分の仕事は終わってるけど、みんなが残業してるから帰れない。

こんなケースはいくらでもあると思います。

ちなみにフィリピンは個人主義。

上記のような例では、「あ、そう」で終わるので楽です(笑)

協調性、集団で団結して・・・という習慣が稀有で、基本的には自分の都合で考え行動するので、他者がどう考え、どう行動するかなんて興味はないんですね(笑)

まあそんな彼らのメンタリティがゆえ、会社運営など組織的に動く場合などは、足並みがそろわず苦労が絶えない・・・という側面も多々あるのですが(苦笑)

こんなフィリピン人の協調性のなさも散々みてきているので(笑)、「協調性」を否定する気もありませんし、逆に大事な要素だと思っています。

ただ日本の場合はというと、上記の会話の例のような協調性という名を借りた同調圧力も決して少なくありませんよね。

こんな同調圧力に年がら年中さらされたら嫌になりません?

集団を重んじるばかり、個を尊重しない風潮が日本の閉塞感に繋がっていると思いませんか?

仮に属している集団が間違った方向に進んでいたとしたら、そこに疑問が持てない、疑問を持ったとしても追従せざるを得ないすると、まさに「赤信号・・・」状態に陥ります。

こんな思考停止、他者依存という状態での海外移住は、その国のメリットを活かした暮らし方ができないばかりか、リスクしかないんです。

なぜなら海外移住は全て自己責任だからです。

失敗したからといって誰も責任など取ってくれません。

海外生活リスクへの対応力を高める方法


私は「自己責任」という言葉は自分の考え方、行動に対し自分で責を持つという意味で使います。

自分の失敗は自分の考え方、行動が悪かったからであり、「自己責任」を向ける矛先は自分自身です。

よく海外で事件や事故に巻き込まれた日本人に対し、「自ら出向いて行ったのだからそんなの自己責任だ!」的な批判が噴出したりしますよね。

確かにわざわざ危ないところに行って事件事故に巻き込まれるケースも多々ありますが、そもそもそんな危機に巻き込まれた時点でその人には自己責任(不可抗力というケースもありますが)が発生しているのですから、何も事情も状況もわからなぬ第3者がああだ、こうだ言う問題ではないと思うんですよね。

自己責任論を振りかざして他者を糾弾してもその場の自己満足で終わるだけで、建設的な議論にすらなりません。

逆に「自分がその立場であったとしたら・・・」と想像力を働かせるほうがはるかにマシ

文化、習慣、社会システム等々日本とは異なる異国の地では、こちらに何の落ち度がなくても問題が降りかかってきたリ、災難に襲われたりすることもあります。

故に日本で生活するのとは異なる知識や経験値=知恵が必要になるんです。

この知恵は、在住者、経験者などから授かるものではなく、自らの経験からでしか得られません。

何か失敗したり、仮に危機に巻き込まれたりというケースに遭遇したとしても、その原因を招いたのは自分自身と捉え、原因を自ら探求していく態度がないとダメなんです。

つまり、思考停止、他者依存体質では海外ではリスクにしかならないということです。

異国の地での暮らしは良いこと、メリットも沢山ありますが、同時にサバイバルの連続でもあるんですよ。

ですので、自分で考え、行動し、失敗は自分で受け止め次に活かすことで知識、経験値を高めていくという態度が不可欠なんですね。

こんな考え方、態度は英語や何かスキル習得という場面でも活かすことが出来ます。

「英語が習得できない・・・学校、講師が悪い!」

他者、環境に責を押し付けることは簡単ですが、その学校を選んだのは自分(誰かに勧められたとしても決めたのは自分自身)です。

習得できなかった責を学校、紹介者に押し付けようとしても、返金してくれる訳でも、学習時間が返ってくる訳でも、それで英語が習得できる訳でもありません。

別に誰かのために生きてる訳でもないですよね?

自分の人生に対する責任は、他者に押し付けるものでも、押し付けられるものでもなく、自分自身で負うと考えることで、より建設的に物事を捉えることができるようになります。

このような態度こそが、海外生活では避けて通れないリスクへの対応力、知恵を授けてくれるのです。

日本の常識から距離を置くと新たな価値観が見えてくる

日本の常識は世界の非常識

こんな言葉を聞いたことはありませんか?

これはまさにその通りで、日本国内、日本人共通認識として持つ常識や倫理観が、他国では全くの非常識であるというケースが多いからなんですね。

また、フィリピンから日本を客観的に見ていると、「日本スゴイ!」みたいな風潮は、現在においてはより一層強まっているように感じます。

こんな日本スゴイ論に囚われてしまうと、客観的に物事を見ることことも、新たに学ぼうとする態度すら奪われてしまいます

「日本は先進国、経済大国なのだから日本、日本人は優れている!」

このような意識で海外移住に臨んでしまうと、他国の文化や風習を卑下し、学ばない、学ぼうとすら態度すら持つことができなくなってしまいます。

その移住先の国との関わりを拒否し、その国の日本人社会にどっぷり浸かってしまう人も多いのですが、それでは他国に暮らしていても、実は日本にいるのと大差ないんですね。

海外の日本人社会は、国内よりはるかに激しい同調圧力社会であったりもする訳で、日本人社会にも、ローカル社会にもなじむこともできずギブアップ・・・みたいなこともあるでしょう。

海外に住もうとも私たちは日本人であることに変わりはないので、何も日本に背を向ける必要はありませんが、だからと言って100%日本の常識で生きていくことは決して賢明とは言えませんし、日本スゴイ論は異国の地の暮らしを救ってはくれません。

逆に日本の常識論から距離を置くことで、自ずと「日本との違い」が見えてきます。

日本で良いと思われていたもの、信じていたものが実は世界共通の善、良識とは限らないということも理解できるようになります。

それができるようになれば、新たな価値観に巡り合うことが出来ます。

その新たな価値観が海外移住生活をより楽に、充実するものに変換してくれるのです。

ああ、そんな考え方、生き方もあるのか・・・その方が楽だし楽しいな」と思えることができればしめたもの(笑)

そして、例えば東南アジアの物価安のような、その国に移住するメリットを十分に享受できるようになるためには、もう一歩踏み込む態度が大切です。

それは移住先のローカル社会への敬意、尊重です。

他国の文化、習慣、価値観を尊重する


私はフィリピンと関わり始めて20年超になりますが、前項までで述べたような価値観をはじめから持っていた訳でもなく、同様に日本の常識で現地社会を見て、日本の方が優れている、日本スゴイ!と思っていた時期もありました。

このような価値観でフィリピンに限らず東南アジアの国々は発展途上国を見てしまうと、先進国の日本の方が優れているという認識が固定され、なおさら「日本との違い」を受け入れられない・・・「違い=劣っている」と捉えてしまいます。

そのような価値観でフィリピンみたいな国(他の東南アジア諸国でも大差はないと思いますが)に住もうとすると、もうまさに茨の道でしかない(笑)

フィリピン社会の厳しい現実を叩きつけられる一方で、フィリピンの習慣、フィリピン人の習性からも激しい仕打ちを受け続けることになるわけで、そんな仕打ちに耐えられず、挫折しフィリピンを去る日本人も沢山見続けてきました。

「フィリピン人は時間守らんし、約束守らんし、嘘つきで適当でなんも当てにならん。
こんなんだからフィリピンはいつまでも発展しない貧困国なんだよ!」

これって、フィリピンに来たことがある人、フィリピンと何らかの形で関わった人なら必ず一度は頭をよぎること、私自身何度そう思ったかわかりません(笑)

確かに日本の方が優れていること、フィリピンが劣る、間違っているものも沢山あるのですが、ただそれを言ったところでフィリピンという国、フィリピン人が変わるものでもなく、そもそもフィリピンという国はフィリピン人のものなのです。

当たり前のことですが、私たちは単に外国人で、この国で教育を受けた訳でも、選挙権がある訳でもなく、フィリピンから求められている訳でもない。

日本人の常識、私たちが信じる価値観、正しさをもってフィリピンの間違いを正せるものでもないんです。

日本人だから無条件で尊敬が得られるなんてこともありません。

そもそも海外移住の目的は、日本が正しい!日本人は優れている!ことを証明するためでも、その国の過ちを正そう!なんて高尚な使命感を持ってトライするものでもなく、自分自身の人生を良くしたい!そのためにその国の移住メリットを享受するということですよね。

その目的を忘れて日本式を押し通そうとしても何の効果も得られませんし、誰も幸せにならない。

日本人社会のみで生きていくならともかく、そんな態度ではローカル社会との共存はできないんです。

ローカルと共存できなければ、彼らの助けは得られない・・・つまり遅かれ早かれその国を追われることになります。

もう一度言いますが、その国は彼らのものだからです。

逆を考えてみてください。

自国に優越意識を持ち、日本の文化、習慣を蔑むような外国人と友達になりたいと思いますか?

そんな外国人が日本にやってきて、日本を尊重する態度など一切ないにも限らず、いざという時助けを求められたら助けてあげたいと思いますか?

それ以前に日本語話せない外国人が自国語で接触してきても会話できないですよね?

そんな外国人が日本で楽しくハッピーに暮らしいけるはずないですよね。

海外移住の第一歩はまずその国で生き残る術、知恵を身に付けることです。

それができて初めてその国に暮らすメリットを充分に享受できるようになるのです。

その国でスキルを身に付ける、仕事で成功する、生活防衛を果たす等々・・・・つまりハッピーな人生を手に入れるのが海外移住の目的ですよね。

だとしたら、日本人は優れている!なんて肩ひじ張って生きていくより、もっと肩の力を抜いて楽に生きる方法を模索した方がよくありません?

海外移住の成功のカギはローカライズ!


もう一度言いますが、海外移住ではローカルとの共存は不可欠であり、そのためには彼らを尊重する態度が大切です。

とは言えローカルと共存するということは、実は言うほど簡単なことじゃないんですね。

私も、散々痛い目に合い、そこから学び、慣れ、諦め(笑)、要らないものは捨て、新たな価値観を受け入れてこれたことで、見える世界が徐々に変わっていき、それらがこの国で生きていく知恵、術に転換されていったのです。

郷に入っては郷に従え

まさにこれです。

但し・・・

どうしてもダメ、受け入れられないものが出てくるのも海外移住。

日本の常識、日本的に正しいか正しくないかという視点ではなく、個人的な感性でどうしても受け入れられない、環境面、生理的に受け付けないというものも出てくるかもしれません。

海外生活においては、時にはそんなダメな物事に対する妥協は必要ですが、だからと言って、全てを手放しで受け入れるべきということでもないんですね。

どうしてもダメなもの、嫌なものを無理に受け入れようとする態度、それは尊重ではなく迎合です。

嫌なものは嫌!とはっきりとダメ出し、意思表示することも大切なこと。

どの国にも良いこと悪いことはあるので、ダメなこと、悪いこと、嫌なことまでそっくり受け入れようとする(迎合する)態度は、逆に自分を見失ってしまうことにもつながりかねません。

日本の良い点まで捨て去る、ローカル社会のダメな点に迎合してまでその国にこだわる必要はないんです。

製品を他国に輸出する際、その製品の特性、特長は維持しつつ、現地嗜好性に合わせて製品をカスタマイズすることをローカライズと言いますが、私たちの海外移住にもこのローカライズという観点が大事なんですね。

このローカライズを海外移住に取り組む私たちに置き換えるとすると、自己の個性や特性、強みは大事にしつつも、ローカル社会と日本との違い、異質なものへの理解を深め、尊重する態度を持つことで、マインドセットをバージョンアップさせていくという感じです。

このローカライズが成功すれば、海外現地での生活基盤も気づくことができますし、海外移住本来の目的達成に注力することも十分可能なのですが、そこがどうしてもクリアできないということであれば、その国は合わないということでもありますので、別の国へ移動する、帰国を検討するという逃げ道も残しておいた方がいいかもしれません。

海外でより良い人生を手に入れよう!とのが海外移住の目的になると思いますので、どの国に住もうがここでお話ししたようなローカライズ、意識改革は欠かせません。

ただその過程が苦しくて仕方ない!嫌なことしかない!何も学べない!、どうしても無理!みたいな難行苦行な状態になるようでは本末転倒・・・海外移住は、不退転の決意で臨むようなものでもありません(笑)